2002年 10月 06日
カタカナ英語の限界(或いは頭がチキチキ)
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*英語の用語をカタカナに直すのって実は難しいですよね。"Chitty Chitty Bang Bang"のカタカナ語である「チキチキバンバン」も実は「チキチキ」というのは、どう見ても正確じゃない。これは映画公開当時、主題歌を山本リンダが日本語版の歌をレコーディングするときに、作り出した言葉です。また、これが書かれた当時に製作準備中だった劇団四季の"Mamma Mia!"の邦題が「マンマ・ミーア!」だったことが、一部のミュージカルファンの間で、なぜ「ママ・ミア!」というもっとオリジナルに近い発音にしないんだというので、話題になりました。それに刺激されて書いたのが以下の駄文です。
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「チキチキバンバン」の映画が公開された当時、私はまだ、洋画を劇場に観に行くにはあまりにも幼い子供でした。でも、日本語に訳されヒットした主題歌は記憶するまで聴かされており(姉がヤマハ音楽教室で習っていました)気に入っていました。ですから、これがNHKで初めてテレビ放送されたとき、わくわくしながらテレビの前に座っていました。ところが、その主題歌の場面になったとたん、そのわくわくはがっかりに変わってしまいました。彼らは「チキチキバンバン」ではなく、「チリチリバンバン」としか歌っていなかったからです。あの「チキチキ」ということばの響きが子供の私は大好きだったのですね。私の落胆をみた当時中学生の姉はどっからか原題を見つけてきて、「あの人たちは『チヒィティーチヒィティー、バングゥ、バングゥ』と歌っているのよ」と教えられましたがなんとなく納得がいきませんでした。
そして、時計は30年程進み、現在に至ります。ロンドン版のキャストアルバムを取り出しつつ、このことを思い出して「チリチリバンバン」を聴くことにしたのですが、そこで私が聴いたのは「チリチリ」でも「チキチキ」でもなく、また「チヒィティチヒィティ」でもない、“Chitty Chitty”としか言いようのない音でした。なるほど、これをカタカナで表現するのは、まあ、無理でしょうね。ましてや「ティ」の音さえ受け入れられていなかった1960年代としては(思い出しますね、トピ主さん、「スチーブ・ソンダイム」)。結局、「チキチキ」という全く違った音が選ばれたわけですね。今では、私の頭の中では“Chitty Chitty Bang Bang”と「チキチキバンバン」は別の曲として納まっています。
この、英語のカタカナ移植の難しさは、現在に至るもミュージカルのような英語の文化を日本に持ってくる上での大きな障害となっています。ミュージカルの訳詞家が苦労しているであろう、そして、その苦労が報われていないのが、すでに存在するスコアに丁度当てはまるような、いい日本語を探し出すことであろうことは創造に難くありません。それだけでも大変なのに最近では、英語のカタカナ移植の問題まで加わってきました。良かれ悪しかれ、私たちの生活にはカタカナ語が浸透しています。それを受けて、ミュージカルも大事なフレーズは日本語の訳語を当てるのではなく、カタカナで表現する機会が多いようです。でも、そこで訳詞家は「チキチキ」と同じ困難に直面します。英語をカタカナにそのまま移植しても音節の数が合わなくて、納まりきらないのですね。無理やり歌おうとするとスコアのほうが微妙に変わってきて、別の曲になってしまう。訳詞家の方のご苦労、お察しいたします。
で、突然話は“Mamma Mia!”へと飛びます。劇団四季が、この作品を日本でかけるに当たって彼らが選んだ表題は、「マンマ・ミーア!」ですよね。このタイトル、原題をストレートにカタカナ移植しただけなのに、原題の英語での音節構造を全く無視しています。原題は“Mam-ma-mi-a”という4音節ですべて短音節です。タイトル曲の“Mamma Mia!”でも、この部分は8分音符が4つでうまく収まっています。ところが、日本語のタイトルは「マ-ン-マ-ミ~-ア」という5音節。しかも「ミ~」という長音節が入っているので、ますます、納まりが悪くなります。曲をご存知の方、試しにあのさびの部分を「マンマ・ミーア」と歌ってみてください。原曲のタ・タ・タ・タという小気味良さが失われて変なフレーズになってしまうのがお解かりいただけました?四季版を観ることの無い私には、実際の舞台がどうなるのか知る術がありませんが、気になるところではあります。
ここでひとつ不思議なのが、なぜ、四季が「マンマ・ミーア!」というタイトルを選んだのかということです。私が今述べた問題を解決するには「ママ・ミア!」というタイトルにすれば済んだことです。どうして四季は、自分達の首を自分で絞めるようなことをしたのでしょうか。これは私には最近まで疑問でした。ところが、“Chitty Chitty Bang Bang”のCDを聴きながら、遠く60年代に思いを馳せているうちに、突如、それは氷解しました。製作者の誰か「偉い」人(それがAK氏なのかどうかは全く解りません。)の頭の中に、「あの」スパゲッティのテレビコマーシャルが焼きついていたのですね。30代後半以上の方なら思い出せるでしょう?あの商品名もそのまま「マンマ・ミーア」スパゲティだったと思いますが、イタリア人の俳優が思いっきり抑揚をつけて言っていた“Mammmmmmmmma Meeeeeeea!”の台詞は「マンマ・ミーア」のカタカナが適当ですね。私も含めた60年代の子供たちは、みんなあれを真似したものです。私が想像するに、“Mamma Mia!”の訳語を決める上で、製作者には多分無意識の内にあれが思い浮かんだのではないでしょうか。刷り込まれた記憶の力、恐るべし!
今、“Chitty Chitty Bang Bang”のCDを聴くとき、私の頭には“Chitty Chitty”のフレーズが流れます。でも、その曲は、私が子供のころ愛唱した「チキチキバンバン」とは別の曲です。結局のところ、カタカナに移植した英語は、全く別のものになってしまうのですね。その辺がカタカナの限界のような気がします。もし、これを訳詞家の方がお読みになっていたら(そんなこと無いと思うが)、「じゃあ、どうしろと言うんだ!」とお怒りになるでしょうね。ごもっともです。今回は問題だけは提起するけど、結論はおとぼけなんです。ごめんね。
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これを読んだ四季ファンの方には、私が四季を批判しているように感じる方もいらっしゃるかも知れません。確かに、「マンマ・ミーア」がタイトルとしてベストたとは思いませんが、作品そのものは実は楽しみにしているのですよ。あの、ABBAの曲を日本語にどう訳すか、そして、あの面白さをどのように出していくのか、興味深々です。私は観にいけないので、四季のトピックで(ここではトピずれなので)、報告してくださいね!
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「チキチキバンバン」の映画が公開された当時、私はまだ、洋画を劇場に観に行くにはあまりにも幼い子供でした。でも、日本語に訳されヒットした主題歌は記憶するまで聴かされており(姉がヤマハ音楽教室で習っていました)気に入っていました。ですから、これがNHKで初めてテレビ放送されたとき、わくわくしながらテレビの前に座っていました。ところが、その主題歌の場面になったとたん、そのわくわくはがっかりに変わってしまいました。彼らは「チキチキバンバン」ではなく、「チリチリバンバン」としか歌っていなかったからです。あの「チキチキ」ということばの響きが子供の私は大好きだったのですね。私の落胆をみた当時中学生の姉はどっからか原題を見つけてきて、「あの人たちは『チヒィティーチヒィティー、バングゥ、バングゥ』と歌っているのよ」と教えられましたがなんとなく納得がいきませんでした。
そして、時計は30年程進み、現在に至ります。ロンドン版のキャストアルバムを取り出しつつ、このことを思い出して「チリチリバンバン」を聴くことにしたのですが、そこで私が聴いたのは「チリチリ」でも「チキチキ」でもなく、また「チヒィティチヒィティ」でもない、“Chitty Chitty”としか言いようのない音でした。なるほど、これをカタカナで表現するのは、まあ、無理でしょうね。ましてや「ティ」の音さえ受け入れられていなかった1960年代としては(思い出しますね、トピ主さん、「スチーブ・ソンダイム」)。結局、「チキチキ」という全く違った音が選ばれたわけですね。今では、私の頭の中では“Chitty Chitty Bang Bang”と「チキチキバンバン」は別の曲として納まっています。
この、英語のカタカナ移植の難しさは、現在に至るもミュージカルのような英語の文化を日本に持ってくる上での大きな障害となっています。ミュージカルの訳詞家が苦労しているであろう、そして、その苦労が報われていないのが、すでに存在するスコアに丁度当てはまるような、いい日本語を探し出すことであろうことは創造に難くありません。それだけでも大変なのに最近では、英語のカタカナ移植の問題まで加わってきました。良かれ悪しかれ、私たちの生活にはカタカナ語が浸透しています。それを受けて、ミュージカルも大事なフレーズは日本語の訳語を当てるのではなく、カタカナで表現する機会が多いようです。でも、そこで訳詞家は「チキチキ」と同じ困難に直面します。英語をカタカナにそのまま移植しても音節の数が合わなくて、納まりきらないのですね。無理やり歌おうとするとスコアのほうが微妙に変わってきて、別の曲になってしまう。訳詞家の方のご苦労、お察しいたします。
で、突然話は“Mamma Mia!”へと飛びます。劇団四季が、この作品を日本でかけるに当たって彼らが選んだ表題は、「マンマ・ミーア!」ですよね。このタイトル、原題をストレートにカタカナ移植しただけなのに、原題の英語での音節構造を全く無視しています。原題は“Mam-ma-mi-a”という4音節ですべて短音節です。タイトル曲の“Mamma Mia!”でも、この部分は8分音符が4つでうまく収まっています。ところが、日本語のタイトルは「マ-ン-マ-ミ~-ア」という5音節。しかも「ミ~」という長音節が入っているので、ますます、納まりが悪くなります。曲をご存知の方、試しにあのさびの部分を「マンマ・ミーア」と歌ってみてください。原曲のタ・タ・タ・タという小気味良さが失われて変なフレーズになってしまうのがお解かりいただけました?四季版を観ることの無い私には、実際の舞台がどうなるのか知る術がありませんが、気になるところではあります。
ここでひとつ不思議なのが、なぜ、四季が「マンマ・ミーア!」というタイトルを選んだのかということです。私が今述べた問題を解決するには「ママ・ミア!」というタイトルにすれば済んだことです。どうして四季は、自分達の首を自分で絞めるようなことをしたのでしょうか。これは私には最近まで疑問でした。ところが、“Chitty Chitty Bang Bang”のCDを聴きながら、遠く60年代に思いを馳せているうちに、突如、それは氷解しました。製作者の誰か「偉い」人(それがAK氏なのかどうかは全く解りません。)の頭の中に、「あの」スパゲッティのテレビコマーシャルが焼きついていたのですね。30代後半以上の方なら思い出せるでしょう?あの商品名もそのまま「マンマ・ミーア」スパゲティだったと思いますが、イタリア人の俳優が思いっきり抑揚をつけて言っていた“Mammmmmmmmma Meeeeeeea!”の台詞は「マンマ・ミーア」のカタカナが適当ですね。私も含めた60年代の子供たちは、みんなあれを真似したものです。私が想像するに、“Mamma Mia!”の訳語を決める上で、製作者には多分無意識の内にあれが思い浮かんだのではないでしょうか。刷り込まれた記憶の力、恐るべし!
今、“Chitty Chitty Bang Bang”のCDを聴くとき、私の頭には“Chitty Chitty”のフレーズが流れます。でも、その曲は、私が子供のころ愛唱した「チキチキバンバン」とは別の曲です。結局のところ、カタカナに移植した英語は、全く別のものになってしまうのですね。その辺がカタカナの限界のような気がします。もし、これを訳詞家の方がお読みになっていたら(そんなこと無いと思うが)、「じゃあ、どうしろと言うんだ!」とお怒りになるでしょうね。ごもっともです。今回は問題だけは提起するけど、結論はおとぼけなんです。ごめんね。
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これを読んだ四季ファンの方には、私が四季を批判しているように感じる方もいらっしゃるかも知れません。確かに、「マンマ・ミーア」がタイトルとしてベストたとは思いませんが、作品そのものは実は楽しみにしているのですよ。あの、ABBAの曲を日本語にどう訳すか、そして、あの面白さをどのように出していくのか、興味深々です。私は観にいけないので、四季のトピックで(ここではトピずれなので)、報告してくださいね!
by sabrekitten
| 2002-10-06 00:00
| Musical Talks